正しい発声のためのワンポイントレッスン

 bel canto(ベル・カント)を目指して

bel canto(ベル・カント)とは、イタリア語で「美しく歌うこと」を意味し、最も要求される発声法の一つでもある。

 発声についてひとたび論じ始めると、非常に長い時間がかかるということは、その指導経験者にはよく理解できるところである。

 例えばピアノの技術習得の際には、指導者も生徒も手や指の形や使い方を視覚的にとらえ、良し悪しを判断できる。しかし、発声器官である声帯やその周りの筋肉などは難しい。発声について言葉で説明しようとすると難解になる。したがって様々な表現による「発声論」が出版されている。そのため指導法も多様化しているのが現状である。正しく美しい発声をみにつけさせるためには、指導者の正確な知識と感性、生徒ひとりひとりの課題を的確に見抜きあらゆる方面からアプローチできる能力の幅が要求される。


 これから述べることは私が声楽家として自分の声と長く向き合ってきた経験と指導者として20年大学での教育に関わってきた体験を合わせて、最低限必要と考える知識である。








@姿勢


 肩の力を抜いて、膝を柔軟に、突っ張らないように立つ。軽くあごを引き身体全体の立ち姿としては、頭上に本を載せてそれが落ちない程度の重心を感じる。足はふらつかない程度に平行に開き、少し前後させるように立つと重心を身体の真ん中に感じやすい。




A舌、あご(下あご)の脱力


 発声、歌唱において重要なことは、舌、あご(下あご)の脱力である。

 まず、顔の緊張をほぐすことから始める。額の毛の生え際かこめかみへ、さらにあごの付け根という順にマッサージを行う。次に図1のように口を半開きにして、あご(下あご)に親指と人差し指をあてがい、上下に小刻みに揺らし、唾液が口の中に出てくるまで行う。このとき椅子に腰かけるなどしてリラックスして行う。また舌は下唇に先端を軽くのせた状態で行うなどが好ましい。舌は常に軽くそこに置かれたままでいる状態をイメージすること。



B呼吸


 呼吸について、一般的に人は普段格別な意識を持たないだろう。歌唱においては、日常生活の3倍から5倍もの呼吸量が必要なのである。空気を吸うときは、口を半開きにして鼻から深呼吸するように長く吸う。こうすると深く吸い込むことができる。入った空気をなるべく長く保って吐くためには、横隔膜と腹筋の支えが必要であり、実践を通して体得していく。空気を吸い込むと図2のように横隔膜が下がり、胸から下腹部にかけての胴の部分が外に向かって広がる。その状態をできるだけ長く保ちながら息を吐いていく。

 この呼吸法を体得するための一つの方法を述べる。

 立った姿勢から膝を軽く曲げ、状態を前屈して、床を見るような姿勢をとる。その状態で、先に述べた呼吸法を行い、吐くときは、上歯と下歯の間から空気の摩擦音をたてて「スー」と音をたてながら一定の強さで長く吐く。このとき、下腹部の緊張を保ちながら空気を吐き切る。再び吸うときには下腹の緊張を瞬時に緩める。これを直立した姿勢でも同様におこなえるようになるまで反復して練習する。前屈姿勢でこの呼吸法を行う際、一方の手を腰に、もう一方の手を下腹部にあてて行うと実感しやすい。




C共鳴

 次に声の響きをどこで感じて練習するかである。響きを感じさせるためにハミングを体験させる方法があるが、これは正しい選択といえよう。基本的にbel canto(ベル・カント)発声の共鳴は鼻腔(びくう)を中心に行う。これはいわゆる「鼻声(はなごえ)」とは違う。鼻で空気を吸うとのどの上部と鼻の奥(鼻腔)が開く動きを感じる。この状態を保ちながら響かせる。鼻腔の共鳴を感じ、体得するための方法として、ハミングから母音のイ・オ・ア・エを用いて発声を行う。このときに前述の鼻腔の開きがないと「鼻声」になってしまうので注意が必要である。



D歌唱


 前述の@〜Cの練習を辛抱強く反復して行い、歌唱するための用意ができて初めて「レッスンで歌う」ということが許される。歌唱においては論じると長くなるので、ここでは簡単に述べる程度に留めておく。Aで下の問題に触れた。歌唱時には母音ばかりでなく、様々な子音もあるため舌は実に多様な動きを要求される。このときに、舌根(ぜっこん)部分が緊張して発声、ひいては歌唱に支障をきたす例が非常に多い。「喉が閉まっているよう」「喉が痛い」などはこの現象によって起きているのである。

 舌根部分の緊張を防ぐためには、発声時に下あごの力を抜いて舌を平らに保つ努力が必須である。背中、首、上あご、これらが支柱となり、下あごを脱力して、まず母音の発生ができるようにしてゆく。また「喉を開ける」という表現がよく使われるが、これは「舌根を下げる」ことではない。下あごを脱力し、舌を平らにそれに沿わせるように起き、上あごから鼻腔への空間を感じることが重要であり、喉を開けるという感覚につながるのである。舌根を喉の奥に下げることは、声帯そのものに力を入れてしまい、逆効果になる危険もあるので、注意と配慮が必要である。さらにここ数年「下あごが極端にい小さい」「あごのかみ合わせが固くてほとんど口を開けられない」「口を大きくあけると痛い」など、あごの問題を抱えた若者が増えている。歌唱指導の際に、画一的に「口を大きくあけて歌う」ことを要求し続けると、顎関節症を誘発したり、生徒に苦痛を与えることになりかねないので、指導者は、ひとりひとりと注意深く忍耐強く向き合うべきである。


 最後に、このレポートは発声法のほんの一部であるということを付け加えておく。

                         饗場知昭