怒られることでステップアップ、
日本料理をマスターしいつか自分の店を持ちたい。

■ 仕事のポイント 厳しい修行で得られるスキルアップの喜び
幼稚園のとき目玉焼きを作って家族を驚かせた少年は、大きくなると、京都の老舗料亭へ飛び込み、板前になりました。料亭の修業はとても厳しいものでしたが2008年の春3年目を迎えることができました。
彼は先輩に何度怒られても、「ここでやめたら悔しい、やめるもんか」と、決してへこたれません。その少年とは、板前の白衣と和帽子が良く似合う、22歳の稲葉達也さん。
稲葉さんに、板前修業の実際、これからの夢などについて話してもらいました。
 
■ 板前って、どんな仕事?
料亭や日本料理店、旅館などで活躍する日本料理の調理人を、一般に「板前」と呼びます。
板前の修業は、まずは下働きから。一人前になるには、10年はかかります。早朝の仕入れ、仕込み、そして夜遅くまでの調理と、体力勝負の仕事です。
下準備を行う「追い回し」から始まり、「焼き場」「お造り」と順に持ち場を任されていきます。
板前は、素材選びから器への盛りつけまでトータルに手がける、食の芸術家。板前になるには、調理師免許が必要です。調理師専門学校などの調理師養成施設を卒業すれば、無試験で取得できます。 
■ 話を聞いた人

稲葉達也(いなば・たつや)
1986年、愛知県豊橋市生まれ。
休みの日は、繁華街で服を買ったり、美術館へ出かけたり。「すべてが盛りつけの勉強になります」。
京都の日本料理店に飛び込みで雇ってもらう

●板前になったきっかけを教えてください。
 母が仕事に出ていたので、自分で料理を作り、家族を喜ばせるのが好きでした。幼稚園のころ、目玉焼きを作って家族に驚かれたのが最初ですね。それと、サラリーマンの父を見ていて、僕にはデスクワークは合わないと思いました。だから、高校3年の進路選択のとき、迷わず調理師専門学校へ進むことに決めました。日本料理を選んだのは、日本に住んでいる以上、日本料理がすべての料理のベースになると考えたから。専門学校の同級生はほとんど、地元の洋風レストランや居酒屋などへ就職しましたが、僕は日本料理をやるからには、伝統ある京都で学びたいと思い、本やインターネットで京都の店を調べました。

●そして、自分で見つけたのですね?
 はい。今、働かせてもらっている店は、まずお客さんとして伺い、料理の味や盛り付け、店の雰囲気などを見て、「ここで働けたらいいな」と思いました。
 ご主人は紹介者もつてもなく、突然、飛び込んできた僕の話を聞いてくれました。修行の厳しさや、一人前になるには年月がかかることなどを、いろんな例を挙げて話してくれました。そして、「雇う」ということは「板前」として、また「社会人」として一人前に育てる責任があると言われ、そう簡単にはいい返事をいただけませんでした。しかし、僕の強い思いが伝わったのか、何とか雇っていただけました。

「苦労は買ってでもしろ」 父の言葉が背中を押してくれた

●調理場は、上下関係に厳しいというイメージがあります。
 父からよく「苦労は買ってでもしろ」と言われていました。確かに、礼儀作法に厳しく、「大きな声で、はっきりしゃべれ」と、最初は何をやっても怒られていました。でも怒られると、自分で「次はこうしよう」と考えるようになります。それが勉強だと思うんです。

●初めはどんな仕事からするのですか。
 1年目は、調理道具の用意や洗剤の補充、蒸し器に水を入れるといった朝の下準備、まかないのおにぎり作り、洗い物などです。先輩の動きをよく観察していると、準備すべき道具もわかってきます。2年目からは「焼き場」を担当。生きたアユを素早く串刺しにして、きれいに焼き上げるのがうまくなってきました。年数がたつと「お造り」を担当させてもらえます。

夢はお座敷に呼ばれる板前になること

●この仕事について、自分自身に何か変化はありましたか。
 1年目はがむしゃらでしたが、2年目から周りをきちんと見る余裕が出てきました。後輩に教えるときにも「正しいことを伝えよう」と責任感をもって取り組んでいます。休憩はあるものの、朝8時過ぎから夜12時前まで働く忙しい職場なので、作業の段取りを考えるようになりました。休日も充実した一日にしようと、予定を立てて行動しています。

●働いていて、うれしいのはどんなときですか。
 小さなことですが、「野菜の切り方、この方がいいかな?」と、上の人から意見を求められ、それが受け入れられたときですね。今は、後輩もできました。厳しいけれど雰囲気のよい調理場です。最近、一つの懐石料理を作り上げるために、自分も少し働きができたと、ようやく感じられるようになりました。

●厳しい仕事をやめたいと思ったことはないのでしょうか?
 やめて地元に帰りたいと思うことはよくありました。でも、それは自分に対して悔しいじゃないですか。いつか、上の人に認めてもらいたい。先輩のように、お客様の座敷へ挨拶に出向き、お椀のふたを開けたときのお客様の表情が見たい。心から喜んでいただきたい。この仕事についた以上、お客様の座敷に呼ばれる板前になるのが夢です。

●将来の夢を教えてください。
 この店の板場での修業は5〜6年ぐらいと言われ、一通りを身につけたあとは、他店に移っていきます。僕も35歳ぐらいには、地元で自分の店を開きたいですね。すべての修業はそのためにあります。どんなジャンルの店でも、基本となるのは日本料理。そこから方向を広げていけるだろうと、今がんばっているところです。

●中学生に、アドバイスをお願いします。
 板前は、料理好きで、負けず嫌いな人が向いていると思います。中途半端な気持ちでは続きません。まずは幅広く、興味あることに取り組んでみること。僕も野球の部活をはじめ、サーフィンや乗馬、陶芸など、興味を持ったことには何でも挑戦してきました。そのすべてが感性を磨き、自分を成長させてくれますよ。