ものと人の認識──見えるものと見えないもの── 教育学科心理学 矢野 喜夫先生

 

 

4.子どもが主人公の物語 (関連科目:国語)

 

 

(1)子どもの自負心子どもの安定期と不安定期

 子どもの大きくなって、顔つきや見かけが変わり、いろいろな能力や力がついていくことを、子どもの発

達と言います。子どもが発達していく様子は、いつも一定のペースで進むのではなく、速く発達するときと、

遅く発達するときがあります。速く発達するときは短い間にすっかり変わり、遅く発達するときは少しづつ

変わって行きます。生まれて1年くらいは赤ちゃんですが、赤ちゃんから赤ちゃんでなくなるときは立って

歩いて、ことばを少しづつ話すようになります。幼稚園や保育園の小さい子どもから小学校に行くようにな

るときも、速く発達して変わるときです。小学生になると小さい子どもとは違って、体が一段と大きくなっ

てスマートになり、すばしこく動けるようになります。

 速く発達しているときは、体も心も不安定で、落ちつきがなかったり、

怒ったり泣いたり騒いだりしやすかったり、何かをし始めてもすぐに投

げ出して長続きしなかったり、おとなに反抗したり、他の人とけんかを

しやすかったりします。遅く発達しているときは、心が落ちついていて、

自分で自分の気持ちを押さえることができて、何かをするときには長く

じっとがんばってやれたり、他の人を思いやったり、やさしくしたり

できます。

 子どもの体と心の発達が一段落して、わりに安定しているのは、だい

たい2歳と5歳と10歳くらいだと言われています。小学生の子どもで

一番落ちついて安定して一番楽しそうにしているのは、10歳くらいと

言われています。10歳くらいは4年生から5年生くらいです。このころ、みなさんは子どもとして一番安

定してしっかりしています。人によって発達の速い遅いや、年齢の特徴が現れる程度の違いがありますが、

人間はだいたい10歳くらいで子どもとして完成すると言われています。それを過ぎると、みなさんは体も

心も少しづつ子どもから抜け出して行きます。そして、小学生から中学生に変わるころに、体も心も急に速

く発達して変わっていって、そのあと20歳くらいまでの間、おとなになるように発達して行きます。

 ですから、同じ人間でも、子どもとしての自分と、おとなとしての自分との、2つの自分があるのです。

人間は一人の人としてずっと続いていて、一人ひとりの個性や性格も続いていますが、それでも、一人の人

の中で、それぞれの年齢で性格が変わるし、落ちついて安定した時期もあるし、落ちつきがない不安定な時

期もあって、年齢の時期によって性格が変わっていくのです。

 

(2)子どもの自負心

 小学生の子どもと、幼稚園や保育園の小さい子どもと比べて、どのように違うでしょうか。小学生の子ど

もの方が体が大きくて、勉強やスポーツやゲームなど、小さい子どもにはできないことがたくさんできるよ

うになるのは、すぐにわかる違いですが、それ以外に大切な違いがあります。それは、小学生の子どもは自

分にはいろいろなことができたり知っていたりして、自分に自信を持っているということです。その自信は

自負心とも言います。

 幼稚園や保育園の小さい子どもは、お母さんやお父さんや先生のようなおとなの人は、何でも知っていて、

何でもできて、強くて、いつも正しくて、まちがったことをしないと思っていて、おとなを単純に尊敬して

います。しかし、小学生くらいになると、お母さんやお父さんや先生のようなおとなでも、知らないことが

あったり、できないことがあったり、弱かったり、正しくなかったり、まちがったりすることがあるのだ、

ということがわかってきます。何でも知っていて、何でもできて、いつも強く正しくまちがわないのは、神

様だけだとわかるのです。おとなが知らないことを、ときには子どものほうがよく知っていたり、上手にで

きることがあったり、子どもの方が正しいことがあることがわかって、おとなを文句なしに尊敬するのはや

めるようになります。

 そのようにおとなを冷静に客観的に見る見方がもっと進むと、おとなは何も

知らなくて、弱くて、まちがいばかりしていて、ドジで間抜けだと思うことも

あるようになります。おとなより子どもの方が、賢くて、強くて、正しくて、

正義なのだと思うこともあるようになります。みなさんは、ピーターパンの話

を知っていますか。ディズニーのアニメ映画でピーターパンを見たことがあり

ますか。ピーターパンの話はバリーという人が作ったお話ですが、そのピーター

パンは、いつまでも子どものままでいて、歯が生えかわらないということになっ

ています。

 ピーターパンは、3人きょうだいが夜寝るときに子ども部屋に現れて、子ど

もたちを連れて空を飛んで、ピーターパンが住んでいるネバーランドという、子どもの夢の世界がそのまま

る島に行きます。3人きょうだいは、ウェンディーという12歳くらいの6年生くらいの女の子が一番上

のお姉さんで、その下に5、6歳くらいの弟ジョンと、2、3歳くらいの弟マイケルがいます。ウェンディー

は、ピーターパンが夜になると子ども部屋に現れると信じていて、本当にピーターパンが、ある夜に現れる

のです。ピーターパンは子どもにしか見えなくて、おとなは自分が子どものころには、いることを知ってい

て見えていたのですが、おとなになると忘れてしまって、もうピーターパンが見えなくなっているのです。

ウェンディーたちのお母さんだけは、ピーターパンのことを少し覚えているのですが、お父さんはすっかり

忘れて、もう信じなくなっています。

 ピーターパンはネバーランドで、片手をチクタクワニに食いちぎられてフックをつけている海賊船のフッ

ク船長と闘って、最後に勝ちます。チクタクワニは腕時計をつけたフック船長の手を食べてしまったので、

腹の中に時計があるのでチクタクという音を出しているのです。フック船長はチクタクワニが近づいてきて、

チクタクという音が聞こえると、恐がって大あわてします。それは、おとなが仕事で時計の時間に追われて、

いつもあわててばかりいることを茶化しているのです。フック船長は、間抜けで臆病で空いばりばかりして

いる悪いおとなの代表なのです。それは、おとなは間抜けで強そうに見えるけど、本当は臆病で弱く、子ど

もは体はおとなより小さいけれど、実はおとなより賢くて強くて正義なのだという、子どものおとなに対す

る考えを表しています。その考えは、おとなを馬鹿にして見くびっていて、極端すぎてまちがっていますが、

小学生くらいの子どもは、ときどきふとそのように考えるときがあるし、そのようなお話が楽しくて好きな

のです。

 

 

(3)昔話・児童文学・アニメの主人公の子ども

 おとながときどき正しくないことをしたり、まちがったり、悪かったり、力が足らなかったり、弱いこと

があることを、子どもが見て、それを責めたり、からかったり、おとなをやっつけたりするようなお話がた

くさんあります。少年探偵団の話や「エミールと探偵たち」、「ドラエもん」ののび太たちや、「ちびまる

子ちゃん」や、映画「ホームアローン」の男の子などがそうです。

 また反対に、おとなのまちがいや悪いところや弱いところを子どもが責めないで、子どもがおとなを助け

たり、救ってあげたり、正しいことをしてあげたりするお話もたくさんあります。そのように、子どもが英

雄や正義の味方や救世主になるお話は、「ちいさ子物語」と言います。日本の昔話では桃太郎や一寸法師や

安寿と厨子王のお話です。今の時代のお話では、鉄腕アトムや「二人のロッテ」のようなお話です。

 また、子どもが家の事情で貧乏だったり、不幸な生活だったり、いじめや虐待されていたり、悪い子だと

思われていたりしても、子どもがしっかりしていて、がんばってたくましく生きるお話もたくさんあります。

トム・ソーヤーやハックルベリー・フィンの話、「醜いアヒルの子」や「デビッド・コパーフィールド」、

「不思議の国のアリス」や「長くつ下のピッピ」、「アルプスの少女ハイジ」などの話がそうです。

 宮崎駿アニメ映画の女の子や男の子が主人公の話も、そのような子どもの心を表しています。テレビアニ

メの「未来少年コナン」や、アニメ映画の「風の谷のナウシカ」の女の子、「天空の城ラピュタ」の女の子

シータ、「魔女の宅急便」の13歳の女の子キキ、「となりのトトロ」の6年生になるとき田舎に引っ越し

た女の子さつき、「千と千尋の神隠し」の10歳の女の子千尋など、宮崎駿のアニメには必ずと言っていい

くらい、だいたい小学生くらいの子どもが主人公になっています。

 

 このように、子どもが主人公のお話を読んだり映画やテレビで見たら、その子どもが何歳くらいか何年生

くらいかを考えて、その子どもはどんな子どもか、おとながその子どもをどのように扱っているか、その子

どもはおとなたちに対してどのようなことをしているかを考えたら、そのお話がもっとおもしろくなると

います。