[アリジゴクの種類]
飼育や実験に最も適した種は何度も言ってきたクロコウスバカゲロウ(Myrmeleon bore)ですが、この種は海岸砂丘や川の中州の砂地という環境下に生息しているため(いる場所ではきわめて高密度にいます)、残念ながらそういった環境が身近にある人しかお勧めできません。
最も多くの人の目に触れるアリジゴクは、「ウスバカゲロウ」(Hagenomyia micans)だと思われます。本種は寺社の縁の下とか、山道の崖(土の壁)にできた窪地、木の根際といった半日陰の場所に巣をつくります。基質は砂地ではなく、砂と粘土の中間の粒度をもつ「シルト」というものから成っています。
その他には、ウスバカゲロウよりも日がよく当たり、水はけのよい砂地にいるコウスバカゲロウ(Myrmeleon formicarius)が手に入れば、好都合です。コウスバカゲロウはクロコウスバカゲロウよりも一回り大きく、巣穴形成や捕食行動も活発です。
[容器と入れる砂]
アリジゴクは周囲の壁が低すぎない限り逃げ出したりしないので、適当な容器に砂を入れておけば十分です。ふたをする必要はありません。弁当箱程度のプラスチック容器がいいでしょう。ウスバカゲロウの場合は生息地の土(山土)を入れます。一番気をつけなければならないことは、土の湿り具合です。生息場所を詳しく観察すると、巣穴の表面は確かにさらさらしているのですが、その下の土はやや湿っているのです。乾燥した山土を容器に入れ、ウスバカゲロウ幼虫を放しても、彼らは動き回るばかりで、長期間巣穴を維持するということはありません。そのうち餌も捕れずに死んでしまいます。
そのため、乾燥した山土に水を注ぎ、よくかき混ぜます。水分量は、土がひっつかない程度にします。土の乾燥を防ぐため、ラップをするか、ふたをして下さい。
コウスバカゲロウの場合、細かな砂(川砂)を容器に入れて下さい。この場合は水分補給の必要ありません。
[餌と供給頻度]
餌には、小形の柔らかい体をした虫ならなんでも構いません。アリを生きたままで多数確保することは、意外に難しいものです。しかし、アリジゴクがどのようにして餌を捕獲するのかを観察するには、やはりアリが一番でしょう。体長3〜4ミリメートルのクロヤマアリならどこでもいるので、それをやりましょう。ただし、アリジゴクの長期飼育にはアリは向いていません。小形ないし中形のダンゴムシの方がいいように思います。
多数のアリジゴクを飼育せねばならない私の場合、アカムシ(ユスリカ幼虫)を釣具屋で購入し、それを与えています。水を入れた容器に移し替え、冷蔵庫(野菜室のような低温すぎない庫内)に入れておけば、1ヶ月くらいは楽に保存できます。ただし、死亡したアカムシをこまめに除去する必要があります。
アリジゴクに与える餌の量ですが、もしガの幼虫のような大形個体だとしたら充分量を吸汁しますので、その後しばらく巣穴をつくりません。沢山与えると早く成長しますが、逆に少ないとゆっくりと発育します。アリジゴクは大変飢餓に強く、一度満腹にすると3ヶ月ほど絶食に耐えることもできます。ですから、どの位の量を与えるかは、実験目的に依存します。
[蛹化(ようか)と羽化]
日長条件や温度条件を制御しないなら、一般にアリジゴクの蛹化時期は梅雨の頃前後です。種による違いや、個体差・地域差がありますので、いちがいには言えません。
今まで巣穴をつくって餌を捕食していたのに最近巣穴を掘らなくなったと思ったら、容器全体を揺り動かして砂をゆすってみてください。砂粒をつけた球状の繭が砂上に浮き上がってくるでしょう。アリジゴクはその繭の中で蛹になります。
その繭を砂の上に置き、割りばしを長さ7,8センチメートルに切って、砂に垂直に突き立てて下さい。成虫はアリジゴクと違って飛びますので、これらのセットは閉じた容器であらねば成りません。
繭を形成してから約1ヶ月前後で成虫が羽化してきます。羽化は夕方から夜間に見られます。羽化成虫が示す行動・生態はすでに述べました。羽化が完成したあとに出てくる宿便をよく見てください。なかなか美しいものですよ。